「AI推進法って、うちには関係ないですよね?」
最近、中小企業の経営者の方からこんな質問を受けることが増えました。
「AI推進法って大企業の話ですよね?うちみたいな10人以下の会社には関係ないでしょう?」
結論から言うと、関係はあります。ただし、罰則を伴う厳しい規制が降りかかってくる、という話ではありません。法律の性格と、現場で何をすればいいのかを誤解なく整理しておくことが、経営者にとって一番の損失回避になります。
本記事では、AI推進法の正体と、関連する国の動き(AI事業者ガイドライン、広島AIプロセス、ガバメントAI源内)を簡潔に説明したうえで、中小企業がいま現場でできる3つのことを解説します。
AI推進法の正体——「罰則なきソフトロー」
「AI推進法」(正式名称:人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)は、2025年5月28日に成立、9月1日に全面施行された日本で初めてのAI基本法です。
押さえるべきポイントは3つあります。
ポイント1: 罰則がない(ソフトロー型)
EUの「AI Act」のように特定のAI利用を禁止したり、違反者に高額の制裁金を課したりする仕組みは入っていません。フレームワーク法(基本的な方針を定める法)として、国の姿勢と方向性を示すことに重きが置かれています。
ポイント2: でも「努力義務」は全事業者にかかる
第7条「活用事業者の責務」では、事業規模を問わずすべての事業者に対し、AIの積極的な活用や、国・地方の施策への協力が努力義務として定められています。
「努力義務だから無視していい」と読み解くこともできますが、現実的にはそうはいきません。理由は後述します。
ポイント3: 悪質事案には政府が指導・助言できる
第16条で、政府が「悪質事案」に対して指導・助言・情報提供を行えると定められています。罰則はないものの、行政から名指しでの指導が入る余地は残されています。
関連する国の動きを3つだけ押さえる
AI推進法だけを見ても全体像はわかりません。中小企業の経営者が押さえるべき関連枠組みは以下の3つです。
(1) AI事業者ガイドライン(第1.1版)
経済産業省と総務省が2025年3月に公表した、事業者向けの実務ガイドラインです。
- 対象は「開発者・提供者・利用者」の3区分。中小企業は『利用者』として対象
- 人間中心・公平性・透明性・アカウンタビリティなど10原則
- Living Document方式(継続的に改定される)
- 中小企業向けに「最小限のステップから段階的に整備」が推奨されている
国の認証制度ではありませんが、取引先や補助金審査の場面で「ガイドラインに沿っているか」が事実上のチェックポイントになりつつあります。
(2) 広島AIプロセス
2023年G7広島サミットを起点とする国際枠組みで、外務省・総務省が国内事務局を担当しています。「広島プロセス国際指針」と「国際行動規範」の2文書から構成され、G7のAI導入ロードマップでは「中小企業へのAI導入支援」が4本柱の一つとして明記されています。
(3) ガバメントAI源内
デジタル庁が進める政府職員向けの統一AI基盤です。2026年1月に試験的利用が始まり、2027年度に本格運用予定。民間企業が直接使える環境ではありませんが、政府自身が大規模ユーザーになることでベストプラクティスを生み、民間に波及させる「トップダウン型」の社会実装が国の基本姿勢である、という点は理解しておく価値があります。
「自治体の87%が既に生成AIを導入している」という事実
「うちの業界はまだ早い」と言いたくなる経営者の方もいるかもしれません。ここで一つ、判断材料になる数字を共有します。
総務省が2025年6月に公表した自治体調査では、
- 指定都市の90.0%
- 都道府県の87.2%
- 市区町村の514団体
がすでに生成AIを導入済みとなっています(出典:総務省「自治体における生成AI導入事例集」)。
横須賀市はガイドラインを整備し、24自治体が参加する「自治体AI活用マガジン」を運営しています。東京都は「文章生成AI利活用ガイドライン」を全局展開、神戸市・千代田区も独自の取り組みを公表しています。
含意はシンプルです。発注元・取引先・申請窓口の自治体が「AIを使うのが前提」のフェーズに入った以上、提出する書類や問い合わせ対応の前提も変わっていきます。中小事業者だけが「うちはまだ」と立ち止まれる構造ではなくなりつつあります。
中小企業がいま現場でできる3つのこと
法律の全体像を踏まえたうえで、中小企業の経営者が今週から着手できる現実的な3つのアクションを紹介します。AI事業者ガイドラインの考え方を中小企業の語彙に翻訳したものです。
(a) AIに何を任せて、何を任せないかの線引き
最初にやるべきは、社内業務の振り分けです。
「全部AIに任せる」も「AIは怖いから一切使わない」も極端で、どちらもリスクがあります。前者は判断ミスが致命傷になりかねず、後者は競争力を失います。
判断軸はシンプルに3つあります。
| 軸 | 質問 |
|---|---|
| 再現性 | 同じ手順を繰り返す業務か? |
| 判断の重さ | 間違えた時のダメージはどれくらいか? |
| データの質 | AIに渡せる過去データ・基準は揃っているか? |
たとえば「請求書から金額・期日を抜き出す」はAIに任せやすく、「契約書の最終確認」は人間がレビューすべき領域です。業務単位で整理した一覧表を作るところから始めるのが実用的です。
(より詳しい振り分けフレームは 前回記事「AIに任せていい業務/任せるべきでない業務」 を参照ください)
(b) 入力データの取扱いルール——個人情報・機密情報をAIに渡さない/渡す場合のルール
AIを業務で使うとき、最大のリスクは入力データの管理です。
- 顧客の個人情報をそのままチャット型AIに貼り付けていないか
- 取引先名・契約金額などの機密情報がログに残る前提か
- 無料プランと有料プランで「学習に使われるかどうか」の扱いが異なるサービスを区別できているか
最低限、社内で以下の運用ルールを決めておきましょう。
- どのAIサービスを業務利用してよいかのリスト化(許可リスト方式)
- 入力してよい情報/だめな情報の線引き(個人名・マイナンバー・取引先名など)
- どうしても機密情報を扱う場合は、データを学習に使わない契約・設定のサービスに限定
AI事業者ガイドラインでも、「データ管理ルールの整備」は最小限のステップの一つとして明示されています。A4一枚のルールでも、無いよりは圧倒的にマシです。
(c) AIの出力に対する人間のレビュー体制
AIは確率的な仕組みで動いており、100%正確ではありません。間違いを出すこと自体は前提として、間違いが現場に流出しないチェック構造を組み込むことが重要です。
具体的には、
- AIが作成した文書・メール・見積もりは、送信前に必ず人間が一読する運用
- 重要度の高い意思決定(採用・契約・大口取引)は、AIは下書きまで、最終判断は人間
- AIに任せた業務でミスが出た場合の責任者と是正フローを事前に決めておく
この3点を整備しておけば、ガイドラインで言われている「人間中心」「アカウンタビリティ」の原則の実務上の最低ラインはクリアできます。
まとめ——「努力義務」を経営機会として捉える
AI推進法は罰則を伴わないソフトロー型ですが、
- 第7条の努力義務は全事業者に適用される
- AI事業者ガイドライン1.1版が事実上の参照基準として機能している
- 自治体の87%以上がすでに生成AIを導入し、取引・申請の前提が変わりつつある
- 中小企業がいま着手できるのは「業務の線引き」「入力データのルール化」「人間レビュー体制」の3点
罰則がないことを「無視していい理由」と読むのではなく、取引先・行政・補助金審査の前提が静かに変わっている兆候として捉え、最小限の整備から始めるのが経営判断としては合理的です。
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「AI推進法って結局うちには何が関係するんだっけ?」を、御社の業務に即した形で言語化するところからご一緒できます。